電界特性を使った人体通信(理論初歩編)

 

 

 

松重ラボ 松田 重俊

 

 

 

 

 

 

 

 

*初めに

電界通信に関しては、2000年代初頭、電波が込み合ってきている中、新しい市場として期待されていたウェアラブル市場に対しての新しい通信の方式として着目、MIT、等からの協力を得ながら進めました。しかし、ウェアラブル機器に関しても、中々市場認知が取れずに、2017年の現在も未だ市場が出来上がった、とは言い難く、企業研究アイテムとしては早すぎた、というのが実感です。

その中で、新しい技術、商品の提供が叫ばれている中、再度 立ち上がる機運が出て来た事は喜ばしい事と思っており、少しでも参考となるように、数学を使わずに概念を説明することに特化して、まとめた物を紹介します。

 

1.人体と電界の特性

  • 人体に高周波の信号を入れると何故電界が人体の周りに存在するか?

 人間の体は、電解質(海の塩水に近い)で作られています。電解質を含んだ水は、導体であることが知られており、電磁波を遮断する効果が表れてきます。 この考え方からすると、人体はある程度の抵抗を持った導体と考えられます。 

 

周波数が高くなり、2.4㎓程度の周波数(BT,WLAN等の周波数)になると、人体の前後で通信しようとすると、通信が出来なくなることが確認できます。 実験的に、BTの発信元を胸に、受信元をお尻のポケットに入れてみると、通信がしにくくなる事が確認できるでしょう。 場合によっては、通信が出来る事もありますが、一般的には、通信がしにくくなります。

 

理由は、周波数が高い為、電波の回折現象を利用できなくなり、人体が遮蔽導体となって、信号が減衰し、電波が弱くなってしまう事が挙げられます。この現象は、周波数が高くなればなるほど、光の特性に近くなってくる為、回折(障害物を回り込む現象)がしにくくなることが分かっています。

 

では、体の全体を覆うような電界が発生できれば、人体近傍の通信は可能になるのでしょうか?

 

電磁気学の基礎から導き出せば、理論的に可能になるのです。

 

 

 

2. 導体でのモデリング

 

  • 導体に外部から電界を与えたら

 

 

 

導体の場合、外部から直流の電気が与えられると、表面に電荷が集まり、電気的な安定状況をもたらそうとします。導体の内部は、導電性を持ち、電荷の偏りは一定の条件では、見られません。何処に影響がるかと言えば、電極に対抗した体の表面に電荷が偏りを見せますし、同体の表面に電荷の偏りが発生します。その為、体の外部には、電界が発生します。

これを利用しようというのが、電界を使った人体通信「電界通信」と呼ばれるものです。この名前は、アルプス電気(株)®2009年にCEATECでデモンストレーションをした時に使った言葉です。 当時は、人体通信に微小電流タイプ(体組成計などに使われている方式と同じ、微小電流を使うもの)も紹介されていた事から、区別するために使われた言葉です。

 

3. 人体のモデリング

 

  • 人体は導体でもあり、誘電体でもある

人体は電解質の水分を含んだ有機物、導体ですので、外部から電界を与えたとしても、内部に電荷の偏り、電界は発生しません。導体と同じように、体の表面に電荷の偏りが発生し、電界が発生する形になります。

実際に通信として信号を送受信する場合、高周波信号を使いますが、人体は電解質の液体と、有機物、ミネラルなどの成分を含んだ物体ですので、高周波信号に対して、電荷の移動により、かなりの抵抗値が生じ、受信電極の送信電極からの距離によっては減衰特性が見られます。

 

電荷の分布としては、接地面との浮遊容量に相当する電荷が分布し、体の表面と接地面との間の容量分布に沿って偏り、それによる電界が発生する(信号が伝達される)事になります。

 

このシミュレーションは、境界設定に大変な時間と労力が必要となる為、実際のシミュレーションでは、簡易的に、電磁界シミュレーションを使い、人体が地面から浮いている(接地されていない)状況での使用を想定し、人体を誘電体としても扱う事が一般的です。

 

この場合、電極に対応した面では、分極が発生し、電界が形成されますので、厳密ではありませんが、同じような結論が見いだされてきます。

 

 

 

 

 

 

  • 信号を注入する電極について

    電界の性質から、信号を人体へ提供する電極の大きさ、皮膚の潤い状況が信号の伝達に影響を与えます。又、信号電極も人体との容量成分に影響を与えるのですが、重要なのが接地側電極の大きさが大きく影響を与える事が知られています。上の図を見て頂くと、人体通信の機器のホット電極から信号が出て、コールド側から信号が戻って、通信が形成されます。しかし、コールド電極と接地面の間には、浮遊容量しかなく、小さな容量となってしまいますので、信号が通り難くなります。人体通信の機器、信号電極から接地電極への信号の流れのループで考えると、接地面の電極が大きく影響することがわかります。

    電気力線は、信号電極から発生し、接地側電極で終端されます。電極が大きければ、浮遊容量が大きくなり、より結合を強める事が出来る事となります。

     

    この内容から分かる通り、注意すべきなのは、実際に実験をすると、信号電極よりも、接地電極の大きさが大きく影響を与える事です。基本的な通信の考え方では、ホット電極と人体は容量性結合を形成する事となり、より多くの信号成分を人体へ与える為には、容量が大きい方が良い。尚、皮膚表面の湿度が信号の伝達に影響が発生する事も知られています。

     

    電気の信号は基本的にループを描いており、接地側電極の容量成分が回路の中の重要な要素となっている事が等価回路モデルと書くと分かると思います。つまり、回路ループの中で、容量の小さな部分が信号の通り易さを支配している、という事となります。

    つまり、接地面と接地電極の間の容量が小さく、ここで回路のループ内での抵抗値が大きくなってしまう為です。

    これが商品化の上で、最も大きな要素となります。

     

    4. 電界を使った人体通信の特徴(1)

 

  • 人体の周りにまつわりつくような電界が発生する

    人体の表面に電荷が偏る事、つまり電荷が存在すれば電界が発生し、人体の周りに纏わりつくような電界が発生し、信号が人体表面を覆うようになります。人と人が手をつないだりすると、電荷の偏りが手をつないだ人の人体表面にも発生し、相手の体の表面にも電荷の偏りが発生し、同じような環境が人から人へ伝わっていく事が出来るようになります。

    逆に、外部に電荷をもった物体や導体があると、人体と接地面との間の浮遊容量が影響を受けて、電荷の偏りに変化が合われることになります。電界の強度によっては、容量結合が発生し、無線通信の様に電波が飛んでいるように感じられる事でしょう。これは、静電通信とでもいえるような現象となります。

     

 

  •  人体は誘電体ではなく、導体の特性を持つ

    人体が靴やサンダルなど、地面に直接触れていない場合は、シミュレーション上は誘電体として扱っても問題ありませんが、人体には、電解質(塩分、等のミネラル成分)が含まれているため、抵抗性のある導体と考える必要があります。

    特に、地面に裸足で接触していたり、静電気防止靴などを着用していた場合、信号成分が地面に流れてしまう、という現象が現れます。この場合、極端に受信側に到達するレベルが下がるため、通信が困難なケースが出てきます。

     

 

  • 人体はノイズの塊

    人体は生命体であり、単なる誘電体や導体として扱う事は難しい。

    直ぐに思いつくのが、筋肉に対する電気信号です。脳から 筋肉、等に指示(電気的信号)が常に流れているので、雑音が一杯です(通常の電気信号とは違い雪崩電流)。雑音対策をするには、物理的変調方式(FSKPSKSS、等)やエラーコレクションなどが必要となります。振幅変調を用いると、これらの雑音が通信の妨げになり易くなります。この部分は設計次第となります。

     

    通信に詳しい方であれば、エラーコレクション用のビットを信号に盛り込んだり、周波数拡散方式を使えば、エラーは少なくなりますが、シャノンの定理により、データ速度は遅くなります。データ速度と耐妨害性能、どちらを重要と考えるかによりますが、目的に沿って、どの様な手段を使うか、検討が必要です。

     

 

  • 電界通信は、容量性結合

    利用者の利便性から、直接肌に電極を接触させるのではなく、間接的に肌に信号を送るのが電界通信(容量結合)です。この場合、周りに金属が有る場合、人体と金属の間に容量結合が発生するため、通信の品質に影響が有ります。用途・環境によっては、非常に使いにくい事も考えられ、用途を吟味する必要があります。逆に、金属と容量結合を積極的に使う事も可能であり、用途に応じた使い方を提案する事が必要と思われます。

     

 

  • 電荷を包むような発信電極や受信電極の設置は、信号を弱める

    電界通信の場合、電荷の偏りによる電界の発生によって信号を伝える方式です。

    従って、導電性を持つものによって、信号側、接地側の両電極を包むような配置に設置する(例えば、脇の下、等のような両電極が包まれるような場所)と、電荷が集中してしまい、信号が極端に弱くなってしまいます。海水が電波を通さないのと同じ、と考えてください。海水では、信号を通すのに超音波を使う事は、このような理由からです。

    但し、理論上は無限の物体を前提として形成されている為、人体は有限である事から、微弱ながら外部へ出てくる事が有り、高い電圧による人体への信号提供は、これを打ち破る可能性もあります。従って、人体通信に関しては、理論通りに動く訳ではありません。

    低消費電力で通信機器を構成する場合、余り望ましい配置ではなく、対策が必要である、と考えられます。

     

 

  • 電界通信は、電力通信ではなく、電圧通信に近い

    ある条件下では、人体を誘電体として扱っても良い、と既に述べました。実際には、外部とアイソレーションを取った物体という条件で有れば、大変に高いインピーダンスを持った通信媒体である、と言っても良いでしょう。従って、電力マッチングという考え方を持ち込むより、電圧マッチング、という考え方の方が感覚的に合っています。これを利用して、低消費電力での通信機器として人体通信の機器を設計されれば、エコな通信として使えることになるでしょう。

     

 

  • 人体通信に使える周波数

    規制の考えを除き、純技術的に捉えると、570Mhz程度の範囲が人体通信に向いています。70Mhz付近の周波数を超えると、人体がかえってアンテナとなり、体の抵抗値が見強く見え始め、体内部への電力の浸透と外部への放射が始まります。つまり、体の周りに纏い付くような電界を形成する事が出来なくなり、人体がアンテナの役割を果たすようになり、通常の無線通信と同じように放射特性となります。

     

    電界通信の目的からは外れてきますので、周波数に関しては選択する必要があります。既にHBCで決まっている、とお考えの方もいらっしゃると思いますが、通信プロトコルを決めていくのがIEEEの目的であり、物理層に関しては、各国それぞれが考えていく事になる為、標準化 或いは 各国対応が必要です。

     

    5.終わりに

    今回の資料に関しては、出来るだけ電磁気学の初歩に基づいた説明に心掛けましたが、オリジナルはwordで作っており、Web専用のプログラムでは作っていませんので、読みやすさに関しては、十分に配慮されておりません。

     この資料に、ご興味頂けるいらっしゃるようであれば、ご連絡頂き、より分かり易さを改善するよう拡充を図っていきたいと考えております。

    具体的なアプリケーション提案、商品化に関しても、アドバイス、等にご興味が有れば、コンタクトお願い致します。

     

    松田 重俊@松重ラボ

    E-Mail: matsuta.sidney@gmail.com